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第1期① 旦那が倒れてから心臓が止まるまで

2017年8月7日(月)
とても暑い日で、この夏一番の暑さだった。(後に更新されています)
この日、起こったことが私のその後の人生を大きく変えてしまった。

旦那が仕事中に倒れ、救急車で搬送されたと、旦那の職場の人から連絡がきた。
そのときは、熱中症にでもなったのかな?と簡単に考えたが、救急車で搬送されるくらいだから・・・と病院へ急いだ。

旦那は、会社の人を覚えていなかったため、旦那の意識レベルを測るために私は救急治療室に呼ばれた。
旦那は、私のことを覚えていた。
私の顔も名前も、ちゃんと覚えていて、私のことをフルネームで呼んでくれた。
嬉しかった。思わずにっこり笑って、旦那の頬を撫でながら明るい声で言った。
「ここは病院だよ。これから治療してもらうから、もう大丈夫!ずっと側にいるから大丈夫だよ(^^♪」
旦那も微笑んで頷いた。
私に話しかけようとして、暴れ始めた。それは、旦那の意思に関係なく手足が勝手に動いているように見えた。ただし、左足を除いて。
私は看護師3人によって、強制的に救急治療室から出された。看護師を振り払おうとしたが、無駄だった。
その間、「大丈夫だよ!大丈夫だからね!!」旦那の方を見ながら、そう叫んでいた。
このとき私は、良かった!きっと助かる!と思った。
そして、これが旦那との最後の会話になった。

必要書類を記入していると救命医から、「脳内で出血している可能性が非常に高い」と説明された。
ボールペンを持つ手が震え始めた。次、私に何を言うのか?私が聞きたくないこと、言ってほしくないことを。
救命医は震える私の手を押さえて、「旦那さんの意識レベルは4で、奥さんの顔と名前しかもフルネームを覚えていたことは奇跡に近い。本来なら手術の対象にならないが、これから脳神経外科へ引継ぎ、最初に脳内の出血ヶ所を特定する検査をし、手術に入ります。長い夜になるので、奥さんも気を強く持って頑張ってください。」と告げられた。
私は、旦那の助かる確率がどのくらいなのか聞いた。
「・・・分かりません。一般的には、健常者に戻るのが1/3、障害が残る状態で助かるのが1/3、死亡が1/3です。」
私は深々と頭を下げて、「どうか旦那を助けてください」と言った。
初めて、無心で人に助けを乞うた。
左足は既に動いていなかったが、左足1本動かないくらい何の問題もない。
大丈夫、旦那はきっと助かる。
だって、奇跡に近いことが起きたんだから。

旦那の病歴や持病に関する質問に答え、CT検査を受ける旦那を見送った。
それから約1時間後、私にとって、この世界で唯一最大の理解者を失うことが医師から宣告された。
検査の途中で、2度目の脳動脈瘤破裂を起こし、呼吸停止状態になったため人工呼吸器を取り付けた。この時点で、手術は中止になったとのことだった。病名は、くも膜下出血だった。
その約1時間後、旦那の両親が病院に到着した。
2人とも呆然としていた。

あまりにも突然のことで、突然すぎて頭の中は終始混乱していて、自分でも何が何だか全く理解出来なかった。

助かるんじゃなかったのか?なんで?どうして?
なぜ、こんなことになるんだよ!!!

何も考えられなくなった。
呆然、思考停止状態とは、このときの状態をいうのかもしれない。

旦那は昏睡状態になり、あの不思議な14日間が始まった。
救急搬送の連絡を受けてから、2時間後のことだった。

普段は、当時の記憶を意識の深いところに封印している。
自己暗示を掛けているから、意識的に思い出そうとしない限り、日常生活において、当時の状況を鮮明に思い出すことは無い。
当時のことを思い出すだけで、動悸が激しくなり、涙が出てくる。
いろんな感情が溢れ出す。

ホントに手が震えることがあるんだね。
今思えば、看護師を振り払いながら叫ぶなんて、まるでドラマみたい。

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